硬い鉄素材として知られているクロモリ鋼。
Z用の部品としてもいくつかのパーツに使用されていますが、使用環境によっては強化対策ではなく不具合や危険を招く場合もあります。
大前提として知っておいて欲しいのは、クロモリ鋼と呼ばれる素材の特性について。
まず硬い為、負荷をかけても容易に変形はせず、破断させる為の耐負荷は非常に高いです。
但し、負荷によって変形を始める値から破断するまでの間隔はむしろ一般素材のそれより短くなっています。
簡単に言えば、変形させるのには結構力が必要であるが、いざ変形を始めると壊れるまであまり余裕が無いと言う事になります。
例えば、写真の様にクロモリボルトをバイスで咥えて横方向に曲げる様に力を加えた場合。
変形させる為の力は結構必要なのですが、いざ曲がり始めたと思うとさほどの間もなく”バキッ”と音をたてて割れます。
破断面
1グレード柔らかい素材のボルトを使った場合。
変形を開始させる迄の力はクロモリの場合ほどは必要無いのですが、少し早めに曲がり始めて結構締め込んでも折れる事がありません。
すぐ上の写真位まで曲げたところで一旦力を抜くと、この様に完全に真っすぐに戻ります。
特性としては、クロモリボルトより破断に至るまでの弾性域幅の割合が大きいと言う事になります。
更に無理矢理締め込むとクラックが入りますが、完全な破断には至りません。
完全に曲がっていますが、分離するまでには至っていません。
これを更に折るにはバイスに咥え直してハンマーで局部的に叩いて曲げねば駄目でした。
左から右にいく程硬度の低い柔らかいボルトです。
同じストローク分曲げると、硬いボルト程折れます。
もちろん硬いボルトを折るにはそれなりの大きな負荷が必要ですので硬いのは駄目だと短絡的には言えません。
但し、変形する事で負荷が減衰するかかからなくなる環境だったとすると、硬ければ良いと言うわけではなくなります。
さて、Zにクロモリ素材を使用する場合の代表格としては、シリンダースタッドボルトがあります。
元々レース用の超高圧縮エンジンに使用する為に取り入れられたもので、全開加速中の燃焼圧でスタッドボルトが伸びてガスケットが吹き抜けない様にする為のものです。
ところで、シリンダーやブロックは鉄よりも膨張率の大きなアルミです。
物体の熱膨張によって生じる力はスタッドボルトで抑えきれる様な半端なものではありません。
もちろん、レースもしくはそれに準じた環境でブロックやヘッドの膨張率とスタッドボルトの伸び限界を計算した上、それらがコントロール出来る範囲内で使用する分にはもちろんクロモリもありですしメリットはあります。
ところが、伸びにくいクロモリスタッドを使って、強めのトルクで絞めてやっておけばオイル漏れや吹き抜けしにくくなるのではないかという様な考えで使うと、ストリートでの渋滞時等で計算外のブロック膨張が生じた際にいとも簡単に千切れてしまうわけです。
これがむしろノーマルレベルの素材だったとすると、膨張に対してスタッドは追従する様に伸びる事でテンションを逃がしてしまいますから破断する事がありません。
又、同じくクロモリ素材を足回りのアクスルシャフトやピボットシャフトに使った場合の注意。
変形のしにくさでもてはやされる場合が結構あるのですが、実際絞め付けた際のトルクの立ち上がり方もシャキッとして心地良いです。
ただ、往々にしてオーバートルクで絞め付けてしまう人が多いので、これが危険です。
更に剛性効果が上がる様な期待感があるのかも知れませんが、上記の通りの特性がありますので、過信して絞め過ぎると大きな荷重や衝撃を受けた際に一気に破断負荷を超える場合があります。
これがやはり伸びやすい素材を使っていると、一瞬変形する事で衝撃負荷は緩和されるのですが、固い事で逃げ場が無くなってしまうわけです。
クロモリシャフトで、意味を勘違いしたオーバートルクはご法度です。
更に、以前にも書きましたが何より怖いのが転倒時。
曲がる素材を使用していた場合、目に見えてアクスル廻りが捻じれたりして再走行は不可能であると判断出来ますし、変形する事で負荷が緩和される為に破断は避けられます。例えば大事故車でもアクスルが折れていた例はまず見ません。
ところが、なまじ固い素材を使うと、見た目結構大丈夫そうなのに中ではしっかり折れていたなどと言う事が起こり得ます。その様な状態で転倒後に気づかず再スタートしたりすれば、今度こそ大事故の可能性もあります。
このあたりも現行車でもクロモリ鋼がアクスルに採用されない理由でしょう。
頻繁に整備でホイールを脱着して点検を行うレーサーならともかく、数千km以上ホイールを外さない場合の多い市販車です。
メーカーの立場では折れるぐらいなら曲がってくれた方がいいわけです。
勘違いしてほしくないのですが、別にアフターマーケットでのクロモリの使用そのものが悪いと言っているわけではありません。
素材の変更等を行う場合には、メリットとデメリットを明確に知った上で正しく使う事が必要であると言いたいのです。
硬い、減らない、変形しないというだけが正義ではありませんし、イメージだけで使うとむしろ危険を招く場合もあるのですから。