先日アップした下記リンクの記事に対して、
何人かのユーザー様より似た内容の質問をいただきました。
サーマルグリースと呼ばれるペーストを接触面に塗布する事で熱伝導効率が上がると記載したのですが、シリンダースリーブが緩んだ際にブロックとの間に熱伝導性の悪いオイルが侵入すると熱絶縁されて冷却効率が落ちる筈ではないかとの事です。
同様の疑問をお持ちの方も多いかも知れませんので再度記事にします。
確かにエンジンオイルやグリス類の熱伝導性はアルミや銅はもちろん、鉄を含む金属に比べると遥かに低いです。
前回記事で使った、銀の微粒子を混ぜた高級品ですらアルミの20分の1の伝導率に足りません。
これがエンジンオイルになると数百分のレベルです。
ただ、オイル侵入によって冷却効率が阻害されているかと言うとこれがそうでは無く、元々スリーブとブロックは圧入状態で金属面が密着している状態で熱を受け渡ししているわけですから、その間にオイルを塗ったところで別に密着が落ちるわけではありません。前回記事のPCチップの冷却系と同様にむしろ圧入接触面に生じている微細な空間を埋めることになりますので熱伝導率は上がります。
熱伝導率は 個体>液体>気体>真空 となりますので、それらの微細空間に空気が入ったり真空の隙間が出来るよりはベターです。
圧入されたシリンダースリーブとブロック間の面祖度は、PCチップとその吸熱盤のそれとは比較にならないほど粗いので、この隙間を埋めてやると更に効果は高くなります。
逆に、途中空間を真空や乾燥空気にする事で熱伝導を抑え、保温性を狙ったのが魔法瓶や断熱ガラスです。
それではシリンダーブロックではどうなると熱の抜けが悪くなるかですが、これは当然スリーブとブロック間の密着が弱まった時=緩んだ時です。もちろん圧入はされていますので接触はしていても、密着圧力が低下すると分子的なマクロレベルでは接触面積が大幅に低下します。
こうなると熱伝導する為の通り道が狭くなるのと同じ状態になりますので、当然冷却性は低下します。
余談ですが、金属間の電気の導電性も熱伝導性と同じで、接触面圧の高い低いに少なからず影響を受けます。
当然面圧が高い程接触面の抵抗値は低くなり、通電性が向上するのは電気系の常識です。
又、オイルやグリスは不導体で電気抵抗が極端に大きいのですが、これを端子接触面に塗布しても組み込み時には電気は流れますし、抵抗が増える事はありません。
これもやはり、接触面では金属分子同士が触れ合っているからで、オイルやグリスの存在はむしろ接触面の酸化防止になる程です。
さて、緩みが度が過ぎて進行してしまったシリンダーブロックの場合ですが、スリーブを抜くとオイルでベタベタに濡れている場合が通常です。
それを見て冷却効率の低下はオイルが原因と考えてしまうかも知れませんが、出来てしまった余計なクリアランスにオイルが侵入するので当然です。
従ってこれはあくまで結果であって原因ではありません。
シリンダーブロックの冷えが悪くなるのは、膨張収縮を繰り返す度にスリーブとブロック間に不可逆の過大なクリアランスが生じるのがその理由です。
ここまで読むと、じゃオイルがブロックとスリーブ間に浸みても全く問題ないのかと言えばそれも違います。
写真は40年前のZのものでは無く、ゼファー1100のスリーブです。
ゼファー1100のシリンダーは、ブロック側の外から見えない位置に、Z1100系(1100GPとかGPZとか)の様にOリングを埋め込んであります。
もちろんこれはケース側からのオイル浸みこみを防止する為のもので、Z1系の様に下から押しこんでいるだけのものより効果はあるはずにも関わらずオイルが全体に侵入した跡があります。
(下部の濃い茶色の帯の部分がOリングの跡です)
このあたりはZに限らず熱膨張を繰り返す空冷エンジンの宿命なのかも知れません。
実際Z程では無いにしても、初期のものでは20年選手のものがあるのです。スリーブ交換時に結構容易に抜けるゼファー1100は多いです。
問題は僅かながらに上がったオイルがどうなるかで、循環しているわけでも無くスリーブ成型時に表面に生じた引き目の凹部分に入ったオイルが、シリンダー側からの熱で焼けて粘性のスラッジになりかけています。
ここまで焼けるのはZではあまり見られないのですが、使用環境が過酷だったのかも知れません。
純粋なカーボンならともかく、焼けて乾いたオイルは熱伝導特性が良いとは言えません。
この症状が酷くなる様であればオイルの侵入が冷却性を落とすと言えない事も無いでしょうが、これにしてもスリーブ面の凸部分がブロックにきちんと接触していて、スリーブそのものが緩むほどで無ければここまで全面になる事は無いはずです。
さて、結論から言えば、ブロックの冷却効率の低下には、スリーブの圧入状態が大きく影響します。
金属面と面がきちんと圧力がかかって接触さえしていれば、多少のオイルの侵入は(良いわけじゃありませんが)濡れている状態では熱伝導性を極端に大きく損なう事はありません。
もちろん、正しいクリアランスで圧入状態を保たれているシリンダーの場合、問題になる程に多量のオイルが侵入する様な余地は無いのですが。
以上、ご質問いただいた方や疑問に思われている方々への回答とさせていただきます。